新政酒造の踏み出した1歩
冷たい風が吹き抜けて
大地の力強さに
自然が「生きている」と肌で感じる。
その吹き抜ける風と
身体中の空気を
入れ替えてしまいたいと
何度もなんどもいっぱいに空気を吸い込む。
4月。
春の兆しのふきのとうが顔をだす一方、雪が残る山の麓。
私が訪れたのは
秋田県にある鵜養(うやしない)という自然豊かな地区。
人口139人、58世帯。
川の上流に位置し、澄み切った清流がゴウゴウと流れ、
村には茅葺き屋根が点在し、あるがままのゆっくりとした空気感に懐かしさと新鮮さを覚えます。
この地は、秋田県の新政酒造が今、米作りに取り組んでいる場所です。
案内してくださったのは
先まで杜氏として新政の哲学を
酒として実現されてきた古関(こせき)さん。
今は米作りでこの鵜養を拠点に日々奮闘されている、
はっきりした笑顔と笑い声がとても魅力的な方です。
今や日本酒好きな方々の間で知らない人はいないのではないだろうかという
『No.6』
を醸す新政酒造。
使用酵母は6号酵母系のみ
蔵のある秋田の素材のみを使い
もちろん使用酒米は100%秋田県産米で、
全仕込み生酛造り、
添加物は記載義務のないものも含め一切不使用。
四合瓶(720ml)を主体として販売、
いかなる精米歩合であろうとも、全て「純米酒」という表記に統一。
新政酒造の哲学に基づきぶれることなく
ストイックとも思えるほどの方針をとっています。
新政酒造の一挙手一投足に注目が集まっていますが、
次なる新政酒造の目指すところは
「無農薬自社田栽培米での酒造り」なのです。
現在の農業の問題(後継者不足、現役農家の高齢化 etc…)
そしてそこから見える今後の稲作への憂い、
その稲作の上に成り立っている自分たち(不安定な基盤の上に成り立つ酒造業)を見据えて
講じた対策の始まりが「農業」。
新政酒造は今まさに新たな1歩を踏み出しました。
案内してくださった古関さんは
鵜養地区で新政の農営部として奮闘されています。
稲作の先輩方に教えを受け
自然と対話しながら
日々初めての経験を積み、
新政酒造農営部の
ひいては新政酒造の描く未来像に向けて進んでいます。
「蔵では、蔵人に教えることがほとんどですが、
田んぼでは師匠に習うことばかりです。
今は、教えてもらう、習うことが楽しいです」
そう話す古関さんの目はキラキラしてまるで少年のようでした。
5年後にはこの鵜養地区で無農薬米を育て、
その無農薬米のみを使用する
新政酒造の小さな蔵を設立する予定だそう。
ここまで聞いただけでも
胸が熱くなる話ばかり。
溢れそうになる感情を
冷たい風でクールダウン。
田んぼを後にして
鵜養を一望できる公園「へそ公園」のてっぺんに来ました。
眼下に広がる圃場。
「農家さんの高齢化で、田んぼだったところが牧草地になっている」
「牧草地になってしまっているところも含め、ここから見える田んぼを全部自社田として、高齢化して衰退していく一方の地域産業を復興したい」
「将来的には林業部門を立ち上げ、鵜養地区の自然を守りたい」
「酒造会社が酒造りをしながら、関わる農業地域と一体になり街を復興させ、街を活性化するモデルケースになれたらと考えている」
シビれました。
酒蔵が
お酒を造ることはもちろん
関わる農業を、
街を、
地域を
つくっていく。
事実、鵜養地区で農家をされている方の娘さんが
「自分の産まれた土地の鵜養で新政酒造が農業をする」という話に心打たれ、
働いていたところを辞めて農業をするために鵜養に戻ってきたそうです。
新政酒造が米作りをすることで、
都会で働く若い女性が
農業をするために
産まれた土地へ帰ってくる選択をする。
こんな夢のある現実的な話に
シビれずにはいられません。
へそ公園のてっぺんから眺めるこの景色が
見渡す限りの生き生きとした田んぼになった時
きっと新政のお酒は世界中を席巻しているのだろうなと
思うのでした。
新政酒造の醸すお酒、
今後の新政酒造から目が離せません。
橋本さき